アジャイルという名の思考放棄、になっていないか

「この時代、計画を立てても意味がない」——そう言う経営者が増えている。

先読みしにくい環境、計画と現実の乖離、変化のスピード。確かにそういった状況は存在する。しかしそこから「だからやりながら考えればいい」に飛躍するのは、別の話ではないか。

計画が外れることと、計画が無意味なことは違う

計画とは何か。

現状を踏まえ、様々な状況を捉え、「こうなりたい」という意思との掛け算で未来を描くものだ。計画はその通りになることを一義的に目指すべきものであり、最初から無理だと思って作るものではない。

しかし現実には、環境変化や想定外の出来事によって計画と乖離することがある。そのとき問われるのは、何がずれたのか、なぜずれたのか、次にどう修正するのか——この思考のサイクルだ。これこそが計画の価値ではないか。

「計画通りにならないから計画は意味がない」というのは、そもそも計画の趣旨を取り違えているのではないだろうか。

アジャイルの本来の意味

近年、IT界隈から広まった「アジャイル」という言葉が、経営の文脈でもよく使われるようになった。

本来のアジャイルは、計画性を否定するものではない。計画を持ち、仮説を持ち、現実との差異を素早く捉え、固定的にならず機敏に対応する——これがアジャイルの本質ではないか。

計画を持った上で、その計画を柔軟に更新し続けることが求められている。計画を捨てることではない。

「とりあえず始める」は思考放棄と言えないか

しかし現場では、アジャイルという言葉が「とりあえず始める」「その場で考える」の免罪符として使われているケースが少なくない。

これは思考放棄と言えないだろうか。アジャイルという言葉を借りて、計画することの手間と、仮説を持つことの責任から逃げているに過ぎないのではないか。

計画が外れることへの恐れ、責任を取ることへの回避、深く考えることへの面倒くささ——こういった動機から「アジャイルでいこう」と言っているなら、それは経営者として危険な状態ではないだろうか。

意思あるところに、道は開ける

不確実な時代だからこそ、意思が重要になる。

こうなりたい、これを実現したい——その意思が計画の起点になり、日々の判断の基準になり、組織を動かす力になる。アジャイルに対応できる組織とは、意思がある上で機敏な組織だ。意思がないまま機敏に動いても、それはただ漂っているだけではないか。

計画通りにならなくていい。しかし、計画を持たない経営者の会社は、どこにも辿り着けないのではないか。

意思あるところに、道は開ける。